はぐれの徒然なるままに(仮)

肩こりと老眼が進行中の中年男性による回顧録

横溝正史の「夜歩く」再読の準備

「夜歩く」という横溝正史が書いた長編小説があります。

この小説は、自分が若い時に何気なく購入して読んだのですが、

序盤で犯人がわかってしまった為、何か微妙な気分で読み終えました。
何故、自分は小説の序盤で犯人がわかってしまったのか?

それは、この小説は「横溝正史アクロイド殺人事件」だからです。

haguture.hatenadiary.jp

1926年に発表されたアガサ・クリスティーの「アクロイド殺人事件

この小説は当時、【アンフェアだ!】とも批判された小説でした。

それぐらい、クリスティーが使用したトリックは特殊でした。

その為、自分が初めて「夜歩く」を読んだ時には、

【あれ?この書き方で話が進んでいくの?え?この流れで序盤が終わるの?

じゃあ、この小説はアクロイド殺人事件と同じトリックという事?

そうなると、犯人はあの人物か・・・】

この様な事を考えながら、この小説を読んでいました。

その為、この「夜歩く」に関しては何か微妙な小説だなと思いました。


さて、自分のブログでは横溝正史の小説について色々と書いてきました。

そして、記事を書くために色々と調べていくうちに、

【夜歩く】に関して新しく知った事が2点ありました。


➀「夜歩く」は「金田一耕助シリーズ」の3本目の長編小説である事。

ディクスン・カーの処女作が「夜歩く」という題名である事。

この事を知った時、改めて【夜歩く】を読んでみたくなりました。

何故なら、横溝正史が【金田一耕助シリーズ】を書き始めた時、

クリスティーディクスン・カーの小説から影響を受けたと、

横溝正史は記述しています。

そして、そのディクスン・カーの処女作と同じ題名を、

横溝正史は何故、この小説の題名にしたのか?

カーの【夜歩く】と横溝正史の【夜歩く】には何か共通点があるのか?
その点が気になったので、カーの【夜歩く】を購入しました。

なので、カーの「夜歩く」を読み終わったら、

横溝正史の「夜歩く」を読み直そうと思います。