はぐれの徒然なるままに(仮)

肩こりと老眼が進行中の中年男性による回顧録

「村」について徒然と書いてみた➂

haguture.hatenadiary.jp
*今回の記事は前回からの続きになります。


自分が住んでいる地域では昔、神社で結婚式が行われていました。
そして、その後に新郎新婦が近所の人達にふたりの姿をお披露目してから、
お祝いするという流れだったのですが、
では、なんで昔の【村】では、
神社で結婚式を挙げた後に新郎新婦を近所の人達にお披露目したのか?
ということについて、自分が妄想している事を書いてみます。

*画像は自分の住んでいる地域で祀らわれてる神社。

では、なんで昔の【村】では神社で結婚式を挙げたのか?というと、
それは、神様と人の価値観は切っても切れない関係なので、
新郎新婦が『ふたりで改めて【村】の一員になります!』という意味で、
神様の前で婚姻を誓ったんじゃないかと自分は思います。
というのも、古代ギリシャの哲学者ソクラテスは、
『人は何を基準に「善い事」や「悪い事」を判断するのか?』という問いに対して、
それは人々が何世代もかけて作ってきた価値観であり、
その価値観を支えるのが地域で祀られている「ダイモン」である!と言っています。
また、「ブラウン神父シリーズ」の作者G・K・チェスタトンや「少年よ、大志を抱け」で有名なクラーク博士は「聖書」と人の価値観との関係に言及していたり、
日本だと「仏教」の様々な法話がこれに当たると思います。
*「ダイモン」とは古代ギリシャで祀られていた神々より更に古い神々の総称。



つまり、何が言いたいのかと言うと、
『人を騙してはいけない!と聖書で書かれているでしょ!』とか、
『無益な殺生をしてはいけない!と仏様も言っているでしょう!』みたいな感じで、
ずっと昔から、神様と人の価値観はセットで後世に引き続けられてきたのです。
また、昔は神様に関する行事は月1回ぐらいあって、そのたびに人が集まったので、
その流れで結婚式を神社で行う様になったんじゃないかな?と思います。


*画像は生成AIで作成した物になります。

つぎに、なんで新郎新婦の姿を近所の人にお披露目したのか?というと、
それは、昔は「夜這い」の風習があったからだと思います。
というのも、この「夜這い」という風習は、
①若い男性グループが気になる女性の家へ遊びに行くタイプ。
家族公認で付き合っている女性の家に行くタイプ。
というように、ふたつのタイプに分かれていました。


さて、①のタイプは男性数人で『気になる、あの娘に声かけよう』みたいな感覚で、

夜に娘の家に行くというナンパみたいなものだったのですが、
もし、①のグループが『あんな娘いたっけ?ちょっと、声かけてみる?』みたいなノリで、嫁入りした女性に「夜這い」をしたら大問題になるわけです。
なので、『このふたりは結婚しています!』と周りの人間に告知しないといけません。
あと、当時は仕事や農作業を自分たちの家族だけではなく、
近所の人達と協力して行っていたので、近所の人にお披露目をすることで、
『この人は今度家に来たお嫁さんよ』と周りに認知させていたと思います。


さて、改めて書きますが、今回の記事は自分の妄想でしかありません。
ですが、もうひとつ妄想するなら、
自分は結婚式の習慣は宗教が出来る以前から存在したと思います。
何故なら、結婚式で「新郎新婦が神様の前で婚姻を誓う事」と「新郎新婦の姿を周りの人にお披露目する事」は世界共通だと思うのですが、
どの宗教の経典にも【結婚式は神様の前で婚姻を誓い、その姿をお披露目する】なんて書いてないわけです。
なので、宗教が生まれる前に生まれた習慣と価値観は、結婚式という形で今も残っているじゃないか?と思うのです。


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*今回の記事は地域の「村史」と「町史」と上の3冊を参考にしています。

あと、ここからは言い訳になるのですが、
この記事で書いた哲学者ソクラテスとG・K・チェスタトンに関しては、
あくまで自分の解釈です。
というのも、このふたりの本は読んでいると『さっきまであの事について話していたのに、話が変わってない?』みたいな感じを受けてしまうんです。
しかも、その会話の合間、合間に例え話を入れてくるので話が回りくどいんです!
だから、読んでいても『この件に関しては、こういう事なんだよね?』という感じです。
なので、このふたりに関しては、あくまで自分の解釈という事をご了承ください。
ていうか、何でこんなに回りくどいんだ?そりゃ、裁判負けるわ!