はぐれの徒然なるままに(仮)

肩こりと老眼が進行中の中年男性による回顧録

図書館との「思い出」について徒然と書いてみた。

自分は月2、3回ぐらいの感覚で地元の図書館に行って、
『何か、これ面白そう』という本があれば借りる感じです。
また、自分は10代の時から地元の図書館を使っているので、
かれこれ40年ぐらいの付き合いになってしまった存在でもあります。
なので今回は、自分と地元の図書館との「思い出」について書いてみます。


さて、自分が住んでいる地域は人口は少ないのに面積だけは大きい地域なので、
自宅から図書館に行くにも車で約15分ぐらい掛かります。
なので、子供の時は両親が外出する時に車に乗せてもらって、
図書館まで送ってもらったり「夏休み」や「冬休み」に入ったら、
『家にいると宿題が出来ないから図書館でやる!』と言って親を騙して図書館に行き、
図書館で宿題の答えを全部丸写した後に、
江戸川乱歩の「少年探偵団シリーズ」や児童向けに書かれた「世界の怖い伝承シリーズ」をず~っとを読んでいました。(後日、バレて怒られました)

haguture.hatenadiary.jp

*江戸川乱歩の「少年探偵団シリーズ」について書いた記事を貼っておきます。

そして、それから数年後。
「原付」の免許を取って図書館に行ける様になった頃、
自分は横溝正史の「金田一耕助シリーズ」にハマっていたのですが、
この図書館には何故か「金田一耕助シリーズ」がほぼ全巻そろっていました。
なので、週末になると図書館に行っては「金田一耕助シリーズ」を借りて読んだり、
その流れから海外推理や色々とドロドロした推理小説も読むようになりました。

また、それから数年たち自分が二十歳を過ぎた頃。
自分は池波正太郎の「剣客商売シリーズ」や「鬼平犯科帳シリーズ」にハマって、
その流れで池波正太郎の書籍を色々と読むようになったのですが、
「男の作法」というエッセイに【ロシア文学みたいな作品は若い時じゃないと読めないよ】みたいな事が書かれていたので『じゃあ、試しに読んでみるか』と思って、
図書館にあったロシア文学や海外文学を読んでみたら、
まあ~、面白くないし頭に全然入ってこやしない!
なので、1冊を読むだけでも凄く時間が掛かってしまい、
『まだ、半分までしか読んでないのに返却期間が来たから返さないと』と思いながら、返却する事を何回もしてしまったので、
『途中まで読んだ状態なのが何か気持ち悪い!』と思って本を購入して、
『やっぱり、つまらん』と思いながら最後まで読んでいたりしました。

haguture.hatenadiary.jp

*池波正太郎の「男の作法」について書いた記事を貼っておきます。

そんな感じで地元の図書館とは付き合ってきたのですが、
市町村合併により閉館する事になりました。
というのも、老朽化した町役場を新しく建て直すことになり、
その建物内に岡崎市図書館の分館として入ることになったからです。
なので、古い図書館は閉館して壊されることになったのですが、
閉館する前に【蔵書を一部処分するので欲しい人は、最終日に来てください】という告知が張り出されました。
なので、
『一部処分て書いてあるけど、上手く行けば「金田一耕助シリーズ」が全部タダで手に入るかも!それに栗本薫の「六道ヶ辻シリーズ」や「伊集院大介シリーズ」、クイーンの「エジプト十字の謎」も欲しいな・・・』と思いました。
というのも、地元の図書館の利用者は平日で2、3人くらいだし、
週末でも多くて10人ぐらいだったので、
その日に行けば欲しい本は貰えると、自分は思い込んでいたのです。
で、町の図書館の最終日。
その日は午前中に予定が入ってしまったので午後から急いで図書館に行ったら、
目当ての本は1冊も無くて悔しかった事を未だに覚えています。

さて、ここからは自分の想像になるのですが、
数年後には図書館という存在は無くなるかもしれません。
もしくは、図書館は存続するけど、その役割は変化するかもしれません。
なので、自分の図書館の「思い出」を記録として書き残そうと思って、
今回の記事は書きました。
なので、次回は自分が想像する【図書館のこれから】について書いてみます。


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図書館の「見た目」について徒然と書いてみた。


自分は地域の図書館を月2、3回ぐらいの感じで使用していますが、
8月ごろになると図書館で10代の子達が館内で勉強している姿を見ます。
でも、その姿を見ると『何か、もったいない』と思ってしまいます。
というのも、図書館には色々な本が置いてあるし、
何気なく借りた本を読んでみたら、
『この人の書いた本、面白い!』みたいな出会いもあります。
だから、『勉強だけの目的で図書館を使うのは、もったいない!』と思うのです。
また、図書館というと、本を読む場所というイメージが強いですが、
建物そのものを見てみると、なかなか面白いものがあります。
なので、自分が【建物の見た目が良い!】と思っている図書館を、
いくつか紹介してみたいと思います。

1・豊川市中央図書館・ジオスペース館 | Toyokawa Central Library & Geospace Museum
まず紹介するのは「豊川市中央図書館」
この図書館は建物の見た目が立派で館内もかなり広々としていますが、
個人的に『これは良いな』と思ったのは、
普通の本よりも文字を大きくした「大活字本」もしっかり用意されているので、
利用する人のことを、きちんと考えている感じがしました。
また、この図書館には「プラネタリウム」も併設されており、
定期的に「プラネタリウム」を使った企画などを行っているので、
自分が見てきた図書館の中では『いちばん立派じゃないかな?』と思います。

2・豊橋市図書館
次に紹介するのは「豊橋市図書館」
この図書館は外観は何というのか、自分好みで良いんです!
また、図書館の周囲には街路樹があるので、全体的に落ち着いた雰囲気もあります。
ですが、この図書館は大通りから、ちょっと入り込んだ場所にあるので、
個人的には、
『もうちょっと、開けた場所に建てられていたら、建物の見栄えが良かったのに・・・』と、勝手に思っています。

 

3・音羽図書館の案内 | 各館の案内 | 豊川市中央図書館・ジオスペース館
次に紹介するのは「豊川市中央図書館」の分館「音羽図書館」
この図書館は国道1号線に沿って走る旧道に繋がっている坂を上っていくと、
山をバックにして図書館がニュッ!と出てきた感じで建っています。
また、図書館の正面玄関が「全面ガラス張り」になっているので、
初めて見た時は、
『こんな小さな町に、こんなオシャレな図書館があるんだ!』と驚きました。

4・足助交流館|豊田市
最後に紹介するのは豊田市の「足助交流館」
この建物は正確には図書館ではないのですが、2階の一部が図書館になっています。
そして、この建物に関しては全体のデザインも好きなのですが、
「雪の結晶」や「本」や「紅葉」をモチーフにした看板や窓のデザインが良いんです!
ただ、その看板や窓をスマホで撮影しようとすると撮りづらい位置にあるので、
ズーム機能があるカメラで撮影すれば良いのかもしれませんが、
ここ数年は、
そういうカメラも持って出かけないので、自分の眼で眺めて満足しています。

さて、何で自分が住んでいる地域外の図書館に行くのかというと、
自分にとって図書館というのは、
色々な人が書いた色々な本を手軽に読める楽しい場所です。
なので、仕事や用事で出かけた時に、その地域の図書館を見つけたら、
ついつい覗いてみたくなるんです。
そして、そんな感じで他の地域の図書館を色々と見ていくと、
『こんな田んぼに囲まれた場所にあるの?』とか、
『町自体は大きいのに館内の展示が何か古臭い』とか、
『ここの図書館は他の図書館より芸能関係や美術関係の本が多いな』みたいに、
図書館と一言でいっても、それぞれに個性があることに気づきます。
だから、自分は図書館で勉強している10代の子達を見ると、
『勉強だけの目的で図書館を使うのは、もったいなくない?
それよりも、いつもは読まない本を手に取って読んでほしい!
そして、図書館をもっともっと使い倒してほしい』と、思ってしまいます。

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横溝正史の「女王蜂」再読(再編集版)

*今回の記事は、以前に書いた記事を再編集した物になります。
また、「女王蜂」のネタバレも含みますので、その点をご了承ください。

 

「金田一耕助シリーズ」は犯人の動機が憎悪だった!という作品が多いのですが、
「女王蜂」で書かれた連続殺人事件の発端となったのは、
憎しみや復讐といった強烈な感情ではなく、
【あの人に振り向いてほしい】という想いだけでした。
ですが、その想いをかなえるために行ったことが原因で殺人事件が起きてしまい、
事件はそこで終わらずに19年後の連続殺人に繋がっていきます。
だから、この「女王蜂」は推理小説と悲劇が組み合わさった内容ともいえます。

さて、推理小説を成立するには【事件の犯人】が必要になります。
何故なら、犯人は自分の犯行だとバレない様にトリックを使って犯罪を行って、
そのトリックを主人公が解明するのが推理小説だからです。
また、悲劇を成立するには【知ってしまった人物】が必要になります。
何故なら、自分だけが事件の原因を知ってしまった為、
その事実に翻弄されて破滅するのが悲劇だからです。
では、【事件の犯人】をA、【知ってしまった人物】をBと仮定して、
その仮定を「女王蜂」に当てはめてみると、以下の様な内容になります。

まず、BはAのことが好きだったのですが、Aが想っていたのは別の人物でした。
なので、BはAの想いが報われない状況を作ってしまいます。
そうすれば、【Aが自分のことを見てくれるのではないか?】と思ったのですが、
AはBの前からいなくなってしまい、暫くして殺人事件が起きます。
そして、この殺人事件から19年後。
立場がすっかり変わっていましたAとBは再会をするのですが、
それと同時に事件が起きてしまいます。
なので、金田一耕助が事件を調査していくと、
19年前に起きた殺人事件の真相も少しずつ判明していき、
Bは【19年前の事件の犯人がAだった】ことに気づきます。
そして、それはBにとって非常に衝撃的な事実でした。
何故なら、Aに振り向いてほしくて行ったBの行動は、
結果的にAを殺人犯にして、BやBの周りの人達の運命も変えてしまったからです。
蛇足:小説では書かれていませんが、AとBの立場を考えると定期的に連絡は取り合っていたと思います。

でも、自分が初めて「女王蜂」を読んだ時には、
AとBの関係性や人物像は、あまりピンときませんでした。
というのも、自分は原作小説を読む前に【東宝版・女王蜂】を見てしまったので、
原作小説を読んでも『映画だと、この場面は無かったな~』ぐらいの感想でした。
ですが、それから20年ほど経って、
もういちど「女王蜂」を読み返してみたら、
以前は気にも留めなかった登場人物の感情が妙に引っかかったのです。
そして、思ったんです。
『この小説は推理小説でありながら、ひとりの小さな願望が長い年月をかけ、
大きな悲劇へと変わっていく物語でもあったんだ!』
初読から20年。
今更ですが、やっと「女王蜂」という小説の面白さに気づかされました。


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あと、ここからは蛇足になりますが、
「女王蜂」を再読している時に【AとBが踊る場面】がある事に気づきました。
ですが、この場面は本来はヒロインが中心の場面であり、
【AとBが踊る場面】はヒロインの背景的な感じの短い文章なんです。
ですが、この短い文章を読んだ時に自分は、
『AとBが踊るなんて、この「女王蜂」で起きた事件の暗示みたいじゃないか!
もしかして、横溝正史は狙って「AとBが踊る場面」をいれたのかな?』
みたいな妄想をしてしまいました。

横溝正史の「悪魔の手毬唄」再読(再編集版)

*今回の記事は、以前に書いた記事を再編集した物になります。

1957年に発表された横溝正史の「悪魔の手毬唄」
この小説は横溝正史の「金田一耕助シリーズ」の中でいちばん好きな小説ですが、
読み終わった後に気持ちがズン!と沈んでしまう作品です。
また、ブログに書くために再読していると、
『あれ?この場面て、こういう解釈も出来るんじゃないかな?』と、
何か色々と妄想してしまいました。
なので、今回はその妄想について書いてみたいと思います。

さて、少々ネタバレになってしまうのですが「悪魔の手毬唄」では犯人死亡の後、
金田一耕助が関係者を集めて事件の真相を明らかにしていきます。
そして、その時に関係者が金田一耕助に色々と質問をするのですが、
その質問の中で【ふたつの質問】が再読した時にひっかかりました。

1・何故、犯人は変装した姿で金田一耕助の前に現れたのか?
補足:事件が始まる前に犯人は変装した姿で金田一耕助に挨拶をしています。

2・何故、犯人は「見立て殺人」を行ったのか?
補足:犯人は殺害現場に村に伝わる手毬唄の歌詞に見立てた小道具を残していきます。

まず、1の質問に関して【犯人は金田一さんを挑発したかったんじゃないのか?】
と、関係者が発言して話は進みますが、これに対しては、
『犯人は変装した姿で被害者たちに会って殺害するから、
これって自分の変装がバレないかどうかを確認したとも解釈できるよな。
でなければ、わざわざ金田一耕助に挨拶なんかしないよね?』と思いました。

また、2の質問に関しては【犯人が別人に疑いをかける為にしたのではないか?】

と、関係者が発言して話が進むのですが、これに対しても、
『初めて読んだ時には思わなかったけど、「見立て殺人」が行われる時は、
犯人が何らかの目的の為に「見立て殺人」を行うけど、
この小説の犯人は【手毬唄の歌詞に固執して見立ている】感じだよね。
つまり、犯人の自己満足で見立てただけ!とも解釈できない?』と思ったら、
「悪魔の手毬唄」の犯人は「金田一耕助シリーズ」の中で、
いちばん恐ろしい犯人じゃないか?と思ったのです。


自分が10代の時に初めて「悪魔の手毬唄」を読んだ時には、
犯人の動機は長年積み重なった負の感情が【ある出来事】が起きたことで、
その感情が爆発して連続殺人を行った!という認識でした。
ですが、40代後半になってから「悪魔の手毬唄」を再読してみると、
『「悪魔の手毬唄」で起きた殺人は【手毬唄の歌詞を見立てた殺人】てなってるけど、
その「見立て」は犯人だけの自己満足とも解釈できるよね?
それに「見立て」を行うには小道具も必要だし、
金田一耕助の前に変装した姿で現れて【バレるかどうか?】と確認したりと、
何か犯行前に色々と準備しているよね・・・』
と妄想していたら、そこにもうひとつの妄想が加わりました。
『そういえば、もうひとり【変装して「一人二役」】をした人物が登場するけど、
その人物は【変装して「一人二役」】を演じる事に優越感を感じていたよね?
だったら、犯人も同じ心境だったのかな?』
みたいな事を妄想し始めたら、
『あれ?この犯人て「金田一耕助シリーズ」の中でいちばん恐ろしい犯人じゃない?』と思ったのです。

*「悪魔の手毬唄」は何度も映像化してますが、石坂浩二が主演した映画がいちばん原作らしいと思います。


さて、改めて書きますが、今回の記事は自分の妄想です。
でも、犯人を知った上で「悪魔の手毬唄」を読んでみると、
『だから、変装したのかな?』
『だから、小道具に拘ったのかな?』
『だから、追い詰められた時にあんな事をしたのかな?』
『何で私じゃなく、あんたが成功している!』
『何で○○は同じなのに、何で・・・』
と、犯人に関する事を色々と妄想をしてしまったので、
今回はその妄想について書いてみました。


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「ルパン三世 GREEN vs RED」について徒然と書いてみた。

自分はアニメ【ルパン三世シリーズ】が好きです。
でも、シリーズの作品すべて見るほどの熱意も時間もないので、
基本的には「ルパン三世」の新作映画かOVAが出た時に見る程度です。
だから、去年の今頃に公開された「ルパン三世」の新作映画も見たし、
映画に関係している4本のOVAも見ました。


www.youtube.com

さて、そのOVAの1本に「銭形と2人のルパン」という作品があるのですが、
この作品を見た時、
『これを作った人、絶体「GREEN vs RED」を意識して作っているでしょう!』
と思いました。
なので、今回は【ルパン三世シリーズ】の中で、
自分がもっとも嫌いな作品「ルパン三世 GREEN vs RED」について書いてみます。


2008年にOVAで発売された「ルパン三世 GREEN vs RED」
まず、この作品は正直に言って面白くありませんが、
「GREEN vs RED」で使われた【歴代のルパンはすべて別人だった】という設定だけは面白いと思いました。

例えば、上の画像はTVアニメ「ルパン三世」のシーズン1(左)とシーズン2(右)のキャラクターを並べた画像なのですが、比較すると「ルパン」のジャケットの色が違ったりキャラクター達のデザインが違います。
この様に【ルパン三世シリーズ】はアニメや映画やOVAごとにキャラクターのデザインが違うので、「ルパン」というキャラクターはTVアニメ(2時間アニメ版も含む)、映画、OVAごとにデザインが違った「ルパン」がいます。
なので、「GREEN vs RED」の始まりは、
アニメや映画やOVAごとにデザインが異なる複数の「ルパン」を画面に出して、
【歴代のルパンはすべて別人だった!】という世界観で物語が始まります。
そして、「緑ジャケット」と「ワルサーP38(ルパンの銃)」を手に入れた主人公と「赤ジャケット」を着た「ルパン」が登場するから、
『今までの「ルパン」のキャラクターデザインの違いを、こんな感じで使うんだ!
そして、「緑ジャケットのルパン」と「赤ジャケットのルパン」が対決するのか?
だから、「GREEN vs RED」というタイトルなのか!?』

と思って見ていたら、
「自分こそ「ルパン」だ!」と名乗る「偽ルパン」が大量に登場したり、
人の記憶を他人に移植できるのか?みたいな設定が出てきますが、
その事についての説明がほとんどありません。
また、次元や不二子や五右衛門も登場はするのですが、
3人の行動も何か意味がよくわからないんです。
また、「本物の「ルパン」とは、いったい誰だったの?」という点もあやふやなので、
『え?「赤ジャケットのルパン」も次元や不二子や五右衛門も本物じゃないの?』
みたいに頭の中で色々な疑問が出てきても答えが無いわけです。
なので、見終わった後も『え?だから何なの?』という感じでした。
だから、2025年に公開されたOVA「銭形と2人のルパン」を見た時、
何か嬉しかったんです。
というのも、この「銭形と2人のルパン」では、
銭形警部の前に「偽ルパン」と「本物のルパン」が現れるのですが、
その姿は「緑ジャケットのルパン」と「赤ジャケットのルパン」なんです。
また、「偽ルパン」は「人間のクローン」を作れる謎の組織に関係する人物であり、
OVAの話には「人間のクローン」を使った演出もあります。
だから、『このOVAを作った人、絶体「GREEN vs RED」を意識しているでしょう!』と思いながら「銭形と2人のルパン」を楽しみました。
(ただ、「銭形と2人のルパン」には映画を見ないと意味不明な場面がいくつかあるので、
その点は『ちょっと、どうなんだ?』と思っています)

「 GREEN vs RED」の【歴代のルパンはすべて別人だった】という設定は面白いし、
このOVAに出てきた他の設定と組み合わせても良かったと思います。
だけど、その設定を全部あやふやな感じにして、
『あとは想像してください』みたいな感じにしたから大嫌いなんです!
だって、「ルパン三世」なんですよ!
自分は頭からっぽ状態で「ルパン一味」の活躍が見たかっただけなんですよ!
なのに、何でこんな小難しくて小賢しいOVAを作ったんだよ!
だから、自分は未だに「GREEN vs RED」が嫌いなのです。

tsuki0214.hatenablog.com

あと、今回の記事は【月田さん】(id:tsuki0214)の記事から影響を受けて書きました。

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横溝正史の「悪魔が来りて笛を吹く」再読(再編集版)

*今回の記事は、以前に書いた記事を再編集した物になります。

横溝正史が書いた「金田一耕助シリーズ」のなかで、
題名の印象が強い小説といえば、自分は「悪魔が来りて笛を吹く」を挙げます。
だって、悪魔が来るだけでも不気味なのに笛まで吹くのだから、
中身を知らずに題名だけ見たら『怪奇小説かな?』と思われても仕方ありません。
でも、この小説は他の「金田一耕助シリーズ」と比較してみても、
怪奇小説的な要素が多い小説だと思います。

 

「悪魔が来りて笛を吹く」は、
元貴族でフルート奏者であった人物の自殺から始まります。
そして、その自殺を調査する事になった金田一耕助が元貴族の邸宅に行くと、
自殺した元貴族が作曲した「悪魔が来りて笛を吹く」という曲が流れだし、
その異変で驚いた人たちは蜜室状態の広間で死体を見つけます。
また、その死体の近くには謎の模様があったり、
事件直後に自殺した元貴族らしき人物が目撃されたりします。



*画像は生成AIで作成したイラストになります。
さて、この「悪魔が来りて笛を吹く」では、

序盤:東京(自殺した元貴族の邸宅)


中盤:【明石(兵庫県)】の三春館という旅館に逗留して事件の調査。

終盤:殺人事件が起きて、再び東京へ向かう。

みたいな移動を金田一耕助はするのですが、
初めて読んだ時は中盤部分に関しては、あまり印象に残りませんでした。
でも、今回再読してみたら中盤部分の印象がちょっと変わりました。
というのも、逗留した旅館で金田一耕助は女将、番頭、侍女達と会話をするのですが、
その会話が非常にテンポが良くて現実的なのです。
だから、『中盤部分て【箸休め】みたいな意味もあったのかな?』と思ったんです。
というのも、「悪魔が来りて笛を吹く」で書かれた人間関係は本当に爛れています!
なので、
『序盤は怪奇小説的な展開にして、
中盤は怪奇小説とは真逆の風光明媚な【明石】で現実的な感じにしておこう。
そして、そこから読者を爛れた人間関係とドロドロの愛憎劇の世界観に落とし込む!』

みたいな事を横溝正史は狙っていたのではないか?
再読した後、自分はそう感じました。


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自分が好きな【叶わなかった恋】の話2選(「女怪」と「サーカス」)


*画像はTBSのホームページから引用。

昔、TBSが製作して放送したTVドラマ【名探偵・金田一耕助シリーズ】
このドラマは横溝正史の小説を2時間ドラマ化したもので、全部で32作ありますが、
その中で印象に残っているのは「女怪(じょかい)」というドラマです。
何故なら、この「女怪」は金田一耕助が依頼された事件を調べていくと、
学生時代に恋人だった女性と金田一耕助は再会します。
そして、彼女が何者かに脅迫されている事、新しい恋人の事を知るのですが、
金田一耕助は未だに彼女の事を想っているのです。
また、ドラマの中で犯人が人を殺す場面があるのですが、
その場面のひとつが恐ろしくも何か悲壮感を感じたり、
事件が終った後、ひとりで佇む金田一耕助の姿も印象的だったので、
【名探偵・金田一耕助シリーズ】のなかで「女怪」の印象が強く残ったのです。
ですが、数年後に『お!あのドラマの原作だ!』と思って読んでみたら、
『え?これだけ?』という感想しか出てきませんでした。

*上記の文庫本に「女怪」は編集されています。

というのも、この「女怪」は短編小説なので、

『これを2時間のTVドラマにする!』と言われた時、制作陣は色々と考えて、
金田一耕助の報われない想いを強調する設定や演出を付け加えたり、
登場人物たちの人間関係を大きく膨らませたのでしょう。
でも、自分には原作には無かった要素が見事にはまった!ので、
自分は「女怪」は原作小説よりもTBSドラマ版のほうが好きです。
補足:「女怪」はTBS以外の局もドラマ化していますが、TBS版がいちばん原作を意識しています。
(まあ、多少は強引な展開もありますが)

そして、横溝正史の「女怪」について書いていたら、
チャップリンの映画「サーカス」ついても書きたくなりました。
なので、ここからは1928年に公開された「サーカス」について書いてみます。

この映画の内容を簡単に説明すると、
主人公の放浪者(チャップリン)は「サーカス」で働くようになり、
そこで出会った女性を好きになります。
ですが、その気持ちを伝えられない主人公は彼女に恋人がいる事を知ります。
なので、主人公はその恋人と張り合ったりするのですが、
最終的には彼女と恋人が結婚する様に背中を押して、
結婚式を行った彼女と恋人に主人公は誰よりも喜んで祝福をします。
ですが、ふたりが手を取り合って去っていく姿を見送った後、
座り込んだ主人公の寂しそうな顔が本当に良いんです!
そして、主人公は足元に落ちていた「★のマーク」がついた紙を拾って、
クシャクシャに丸めて足で軽くポン!と蹴り、
ふたりとは別方向へ歩き出して映画は終わります。
補足:「★のマーク」は映画の中で女子団員の事を象徴する演出があります。

TBSのTVドラマ「女怪」とチャップリンの「サーカス」

このふたつの作品に共通しているのは【叶わなかった恋】から生まれる切なさです。
そして、その切なさは、主人公がその想いを言葉として出すのではなく、
ちょっとした表情や動作や会話の間から感じ取れる様になっています。
だから、「女怪」と「サーカス」には派手なトリックやアクションはありませんが、
人間のわりきれない感情を丁寧に描いた作品だと思います。


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横溝正史の「獄門島」再読(再編集版)


*今回の記事は、以前に書いた記事を再編集した物になります。

推理小説には「嵐の山荘」という設定があります。
この設定は【外部から遮断された状況の人達の中で事件が起きる】というもので、
様々な推理小説で使われてきました。
そして、そんな「嵐の山荘」が使われた小説でもっとも有名な小説といえば、
アガサ・クリスティーの「そして誰もいなくなった」だと思います。

*画像は生成AIで作成したイラストになります。
「そして誰もいなくなった」の内容を簡単に説明すると、
謎の人物から招待されて島にきた10人の男女が島に閉じ込められてしまいます。
そして、ひとりずつ「10人のインディアン」という童謡の歌詞の様に殺されるという内容なのですが、この小説は横溝正史に大きな影響を与えることになります。
というのも、童謡の歌詞の様に事件が起きる設定を「見立て殺人」というのですが、
その「見立て殺人」と「嵐の山荘」を組み合わせて、
アガサ・クリスティーは「そして誰もいなくなった」を書きました。
なので、横溝正史は、
『色々な推理小説で使われてきた「見立て殺人」や「嵐の山荘」を組み合わせる事で、こんな面白い小説になるんだ・・・』
と、思いながら「獄門島」の構想に入りました。

 

さて、「獄門島」の内容を簡単に説明すると、
戦地から帰還した金田一耕助が瀬戸内海の「獄門島」に向かう場面から始まります。
というのも、戦地で亡くなった友人から、
『金田一君、君は「本陣殺人事件」を解決した探偵なんだろう?
だから、俺が死んだら「獄門島」に行ってほしい。
何故なら、俺が帰らないと3人の妹たちが殺される・・・』
と、頼まれたからでした。
そして、「獄門島」で金田一耕助は殺人事件に巻き込まれるという内容なのですが、
「獄門島」は横溝正史の小説を読んだ事が無い人ほど読んでほしい!と自分は思います。
というのも、推理小説で使われるトリックは複雑すぎると、
『ん~・・・つまり、どういうこと?』と思って楽しく読めない事もありますが、
「獄門島」で使われているトリックは複雑ではありません。
また、事件に関わってくる【孤島だからこその人間関係】も良いんです!
だから、「獄門島」を読んでみて『面白いかも・・・』と思えたのなら、
貴方は横溝正史の世界観と相性がいいのでどんどん嵌まってください


あと、「獄門島」を初めて読んだ時には気付かなかったのですが、
結末を知ったうえで「獄門島」を読み直してみると、
小説の序盤から事件の真相に関するキーワードが色々と出ていたのですが、
そのキーワードが全部【芝居(能・歌舞伎・演劇など)】に関する事なんです。
だから、歌舞伎とか舞台なんかで「獄門島」を上演したら意外といけると思うんですど、どうなんでしょうね。
補足:この記事を書いた後、気になって調べてみたら「獄門島」が舞台化していた事を初めて知りました。
歴代公演:獄門島 | 劇団ヘロヘロQカムパニー


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横溝正史の「黒猫亭事件」再読(再編集版)


*今回の記事は、以前に書いた記事を再編集した物になります。

*「黒猫亭事件」は角川文庫だと「本陣殺人事件」に編集されています。

推理小説のトリックのひとつに「顔の無い死体」というのがあります。
このトリックは身元不明の死体顔が損傷・首が無い・火災で黒焦げなどが発見されて、
調査の結果、人物Aと特定されますが、
実はその人物は生きていて、別人の死体を利用して偽装していたというトリックです。
また、このトリックは昔から多くの推理小説で使用されてきたので、
何時の頃からか、推理小説の読者達は小説で身元不明の死体が出てくると、
『ふ~ん、被害者と加害者が入れ替わっているな・・・』
と、思うようになりました。
そして、このトリックに関して横溝正史は「黒猫亭事件」という中編小説で、
自分が創作した「探偵:金田一耕助」と自分をモデルにした「小説家のY」のふたりで「顔の無い死体」について語り合っています。

*生成AIで作成したイラスト

【推理小説の王道的トリックに「一人二役」と「密室」と「顔の無い死体」

というのがあるんだが、それぞれに構想が違うんだ。
まず、「一人二役」は小説の結末まで「一人二役」が読者にバレないように書かなければいけない。
次に「密室」には色々な種類があるから、作品に使用する種類を決めて密室の条件を作っていけばいい。
だが、「顔の無い死体」については、どうもいけないんだ。
何故なら、「顔の無い死体」がでてくると、読者はみんなこう思うんだ。
どうせ、犯人と被害者が入れ替わっているんだろ?
だから逆に「顔の無い死体」を使用して、面白くできないか?】

その後、「小説家のY」のもとに金田一耕助から、
【Yさんが喜びそうな事件に関わったので、事件の記録を贈ります】と書かれた郵便物が届いて、「小説家のY」が事件を書き始めるという形で本編が始まります。

*画像は海外版「黒猫亭事件」のイラスト

さて、この「黒猫亭事件」は、
「顔のない死体」というトリックだけで話が二転三転する構成も面白いですが、
推理小説が好きな人ほど「金田一耕助」と「小説家のY」が「顔の無い死体」について語り合っている場面が刺さると思います。


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あと、ここからは蛇足になりますが、
「顔のない死体」というトリックが使われた推理小説でいちばん印象的だったのは、
江戸川乱歩の「地獄の道化師」なのですが、人には勧めにくいのがね・・・。
(内容が少々重いので再読する気もありません)

横溝正史の「真珠郎」再読(再編集版)


*今回の記事は、以前に書いた記事を再編集した物になります。

 


推理小説には「一人二役」と「顔のない死体」というトリックがあります。

まず「一人二役」とは人物Aが実は人物Bだった!みたいなトリックの総称です。
次に「顔のない死体」とは身元不明な死体を利用するトリックの総称です。

そして、
この2つのトリックは組み合わせて使われる事が多い為、

推理小説で身元不明の死体が出てくると読者は『誰かと入れ替わっているな?』と、
勘ぐってしまう程の王道的なトリックの組み合わせなのですが、
横溝正史は、このトリックの組み合わ方が本当に上手な小説家だと思います。

 


*生成AIで作成したイラスト
さて、横溝正史といえば「金田一耕助シリーズ」が有名ですが、
金田一耕助より前に横溝正史は由利麟太郎という探偵を創作しています。
そして、由利麟太郎が主人公の「由利先生シリーズ」を読んでいると、
自分は『何か、江戸川乱歩の「明智小五郎シリーズ」の二番煎じみたいだな~・・・』と、感じてしまうんです。

でも、この「真珠郎」だけは違います!
というのも、他の「由利先生シリーズ」と比較してみても、
明らかに横溝正史の筆が乗っているのを感じるんです。
だから、
『これだよ!これこそ自分の好きな横溝正史だよ!』
と、思いながら「真珠郎」を読んだのですが、
この
「真珠郎」
他の「由利先生シリーズ」の小説と違う点がひとつあります。
それは殺人事件が起きてもすぐには探偵が登場しない点です。
では、なんで横溝正史はそんな書き方をしたのでしょうか?

 

*今回の妄想は上記の本を参考にして書いています。

さて、ここからは自分の妄想になるのですが、
1930年頃、横溝正史は【自分の文章と推理小説は相性が悪いんじゃないか?】と思っていました。
その為、「由利先生シリーズ」を書いていた頃は、
色々と悩んで書いていましたが、ある時、横溝正史はこんな事を思いつきました。

【そうだ!苦手な推理小説の部分を最小限にして、
あとは自分が得意な怪奇小説にすれば良くないか?】


そこで、横溝正史は殺人事件が起きても、すぐには探偵を登場させず、
【物語の中盤が過ぎた頃に探偵が登場して
事件を全部解決する!】という書き方を試したんじゃないかな?と思います。

その後、横溝正史は海外の推理小説から様々な影響を受けて、
金田一耕助が登場する第1作目「本陣殺人事件」を発表するのですが、
「真珠郎」を書いたことも金田一耕助の誕生に繋がっていると思います。
というのも、初めて「真珠郎」を読んだ時には気付かなかったのですが、
再読してみると『あれ?この部分、何か「八つ墓村」に似ていない?』とか、
『ん?この場面は「女王蜂」と似ているし、ここは「悪魔の手毬唄」ぽくない?』
みたいな事を何回も感じたのです。
だから、この「真珠郎」は横溝正史の世界観が詰め込まれた中編小説であり、
金田一耕助の誕生にも繋がる小説だと自分は思っています。

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