はぐれの徒然なるままに(仮)

肩こりと老眼が進行中の中年男性による回顧録

「投資」に関する書籍ではないけど、「投資」の事を考えてしまう本④

ロシアの文豪:トルストイが書いた短編小説「光あるうち光の中を歩め」。

この小説は本来、神の教えを知る事で、人の心に平穏がもたらされる。

という内容を寓話的に書かれた小説です。

しかし、小説の葡萄畑の場面に、自身の投資経験を重ねてしまうのです。


まずは、この葡萄畑の場面について簡単に説明します。
小説の主人公である「ユリウス」という老人がキリスト教に入信します。
そして「ユリウス」は入信と同時に、教徒達の共同体で生活を始めます。

その共同体の指導者から「ユリウス」は、

葡萄を収穫する仕事を任命されました。彼は葡萄畑へ向かいますが、

立派な葡萄畑には、若いキリスト教徒達が沢山いた為に、

「ユリウス」は葡萄を収穫する事が出来ませんでした。

葡萄を収穫できる場所を探し続けた「ユリウス」は、

老いたキリスト教徒しかいない、痩せ干せた葡萄畑にたどり着きます。

そこで彼はこう思いました。

「ああ、若い時に入信していれば、自分は向こうの立派な畑で働けたのに」

その時、老いたキリスト教徒が瘦せ干せた葡萄畑の葡萄を見せて、

「ユリウス」に語り掛けてきました。

「なあ、見てごらん。これらの房はあちらの畑で採取されている房より、

どこがいったい悪いだろう?」

この小説では、若い時に入信した人には、立派な葡萄畑が用意されました。

もし、年老いた【ユリウス】が立派な葡萄畑に入れたとしても、
若いキリスト教徒達にかなうはずもなく、葡萄は収穫できないでしょう。

しかし、瘦せ干せた葡萄畑でも、葡萄を収穫できたのです。

投資も同じだと思います。若い時から投資をする事で、

配当利回りや売却益などで、資産形成ができます。

でも、始める時期が遅くても、投資の機会はあると思います。
重要なのは、先行者の真似をするのではなく、

自分の判断と現状を把握して、

何に投資をするか?と考える事だと思います。