はぐれの徒然なるままに(仮)

肩こりと老眼が進行中の中年男性による回顧録

江戸川乱歩の「陰獣」について

江戸川乱歩の小説で1928年に発表された「陰獣」という小説があります。
この小説は、特殊な構成で書かれた小説だと自分は考えます。


まずは、小説のあらすじを簡単に説明します。

小説はある推理小説家(自称:私)の一人称視点で始まります。

主人公である推理小説家は、小山田静子という女性と出会います。

彼女と親しくなった推理小説家は、彼女から相談を受けました。

その内容は【大江春泥という推理小説家に脅迫されて、

更に彼女の周りで不可解な出来事が起き始めている事】。

その相談を受けて、主人公が調べ始めると、

その不可解な出来事は、大江春泥の発表した小説の内容と、

類似している事がわかりました。そして、事件がおきます。


一部簡略しますが、この小説の冒頭部分には、こう書かれています。

【私は時々思う事がある。探偵小説家には2種類ある。

まずは犯罪者型。犯罪ばかりに興味を持ち、推理的な探偵小説を書いても、

犯人の残虐な心理を思うがままに、描かないでは満足しないような作家。

もうひとつは探偵型。理知的な探偵の経路にのみ興味をもち、

犯罪者の心理などにはいっこうに頓着しない作家。】

 

初めて【陰獣】を読んだ時は、この冒頭部分の主人公のセリフは、

この小説に登場する、登場人物についての説明だと思いました。

でも今回再読したら、この冒頭部分に対して違う印象を受けました。

この冒頭部分の文章は、当時の江戸川乱歩自身の事ではないか?

そう考えだすと、この「陰獣」という小説の印象が変わりました。

順を追って妄想します。

元々、江戸川乱歩が初期から発表していた推理小説は、

犯人側の心理描写が多く書かれていました。

つまり「犯罪者型の探偵小説」です。

そして作家活動の途中から、

娯楽要素が強い「明智小五郎シリーズ」も創作していきます。
補足:乱歩の初期作品にも明智小五郎は登場しますが、

明智小五郎シリーズ」に出てくる明智小五郎とは、人物像が違います。

つまり、この当時の乱歩は小説の創作に対しては、

小説家:江戸川乱歩と大衆小説家:江戸川乱歩という、

ふたつの人格があったと思います。

そこで乱歩はこの「陰獣」の中で、

小説家:江戸川乱歩=犯罪者型探偵の大江春泥と、

大衆小説家:江戸川乱歩=探偵型の主人公という形で登場させる事で、

江戸川乱歩自身と、今まで書いてきた複数の小説の世界観を纏めて、

それを自身の手で「パロディ化」した小説だと認識が変わりました。

補足:パロディの意味は「他者によって制作された作品を、模倣した物」

 

自分的には、この小説はあまり印象が残らない作品でした。
しかし再読して、もうひとつ感じた事がありました。

それは、この「陰獣」という小説は、

乱歩が数年後に発表した「黒蜥蜴」のプロトタイプだったのではないか?

と、思ったのです。その妄想については、気が向いた時に書いてみます。