はぐれの徒然なるままに(仮)

肩こりと老眼が進行中の中年男性による回顧録

横溝正史の「女王蜂」再読➁

前回の記事で横溝正史の「女王蜂」は、

推理劇と悲劇が両立された作品だと書きました。

今回はその点を、もう少し書きたくなったので書いてみます。


まず、推理劇を成立させる為には、犯罪を犯した人物が必要になります。

そして、その人物は自身に疑いが掛からないように、

トリックを利用した犯罪を行います。

つまり、トリックを使用した人物=犯人の存在が、

推理劇を成立させる為には必要です。

次は悲劇の場合です。悲劇を成立させる為には、

悲劇の原因が必要であり、その悲劇によって苦悩する人物が必要です。

そして、悲劇にも様々な設定がありますが、

この小説で使用されているのは、

【悲劇の原因を作ったのが自分だと知り、苦悩する人物】

という設定を、登場人物のひとりが受け持っています。

次に【女王蜂】に登場する犯人をA、苦悩する人物をBと仮称して、

小説で書かれた悲劇について書いてみます。

BはAの事を愛してしまいました。でもAは違う人を愛していました。

そこでBはある事をして、Aの愛が報われない環境を作りました。

そうすれば、「Aが自分の事を見てくれる」と思ったからです。

でも、AはBの前からいなくなりました。そして、ある事件が起きます。

それから19年後、AとBは再会しました。

BはまだAの事を愛していましたが、お互いに立場が違う為、

ただ、顔見知り程度の会話しかしませんでした。

その後、連続殺人事件が起こり、

その原因が19年前の事件が関係しているとわかります。

そして、捜査が進み19年前の事件の全貌がわかり始めた時、
BはAがその事件の犯人だと気付いたのです。
その事はBにとっては衝撃的な事実でした。
何故なら、愛したAに振り向いて欲しかった為にした事が、
Aを殺人犯にしてしまった事に、気付いたからです

以上が「女王蜂」で書かれている悲劇についての、簡単な説明になります。


自分が初めて「女王蜂」を読んだ時には、

この悲劇の部分には、まったく気付きませんでした
しかし、再読した事で、この小説に書かれた悲劇の存在に気付きました

初めて読んだ時から、20年経ちましたが、

今になって、ようやく「女王蜂」の面白さに気付かされました。